2014年8月16日土曜日

亡き友へ

昼から出社予定だった今週の月曜日、朝8時過ぎに目が覚めたら高校の同級生からメールが入ってた。学年は違うけど、同い年の友達が亡くなったとの連絡だった。母校は帰国子女や他の高校を辞めた生徒も多く(自分も帰国子女枠で入学)、彼も他の高校を辞めてうちの高校に入学していた。

様々な背景を持つ人がいるため、多様性を物凄く養われた高校時代だったと思う。彼も同い年ということもあり、文化祭の後にみんなで朝まで遊んでいた時も一緒だったし、高校を卒業してからも付き合いは続いていた。


そんな友人の死であったため東京に向かうべきだろと思いつつも、葬儀は親族のみ&お香典もご遠慮されるとのことだったので戸惑った。昨年、高校時代のサッカー部の顧問の先生が亡くなった時も同じく身内のみでの葬儀&お香典もご遠慮とのことで、死因もサッカー部の関係者は聞くことができなかったので今回もそうなのかも・・・と思っていた。

それでも、門前払いになってもいいから会いに行きたかった。だけど、これは自分のワガママであって、遺族がいやな思いをしたら本末転倒だろ。どうしたらいいのかわからずネットで「家族葬 友人」とかで検索してたら意見は二つに分かれてるのね。大切な友人であるならば遺族に連絡を取ってからいくべしか、空気読んで1週間ぐらいしてから連絡すべし、と。どっちが正しいかわかんないよね。だからって大切なことをネットの意見で判断するなんて、どんだけ自分は弱腰なのかと思い、実家に向かおうと判断した。

母校には校則は無く(社会のルールは守りましょう)、生徒会とか文化祭も全部が主体となり「自己責任」の下、やっていた。もちろん非常事態になったら先生がケツを拭いてくれたけど、基本的にはヤル気のある生徒が力を合わせてやるみたいな。あの高校で育たなければネットの声だけで判断していたと思う。かといって遺族が嫌な思いをした時にはどうやって自己責任を取るのか、そんなもんわかんね、と自己肯定することにした。(かといって自分が正しいことをしたかはわからん。正しいかどうかは人それぞれ)


この日は取材が入っており、前日までかなり仕込んでいたものの友人に会いに行く方が大切だったので上司に事情を伝えたら承諾頂けた。他の先輩が代打で行ってもらえることに。3年前に後輩が亡くなった時もそうだったけど、仕事を休ませてもらえる環境で本当に良かった。仕事の調整がつかなくて来れなかった友人もいたが、それが当然なのかな。「友人が亡くなってるのに仕事してんのかよ!」とは昔の自分なら思っていたかも。世の中、どうしようもならないこともあるんだ。

友人の友人がご両親に事情を伝えてくれたらおれが家に行くのは大歓迎だったとのこと。葬儀の準備だけでなく、愛する息子の突然の死だったのに暖かく迎えてくださって何て言葉にしたらいいのかわからなかった。ただただ、自分にはこんくらいしかできないんだから。


お通夜と告別式の前だったこともあったので眠っている友人に会うことができた。いつもだったら機嫌悪そうに起きて寝起きのパンチを一発かましてくるはずなのに、ずっと寝てた。長い闘病生活に打ち勝ったと思ったけど、人生どうなるかわからんものだ。彼の顔を見た瞬間に泣くかと思ったけど、涙は流れなかった。現実を受け入れられてなかったのかな。もしくはわけわかんなくなっていたのか。

夜勤だったため日帰りで大阪に戻ったけど、帰りの新幹線でも全く眠れず。仕事も朝まで眠くなることすらなく終わった。今もよくわからん。ただ夜勤が続いていたので人に会うことが少なかくて助かった。今は一人でいたいのかもわかんないけど、何もする気が起きない。


宇多田ヒカルをずっと聴いてる。暗いというのか、優しいというのか、ゆったりとした曲が多いのね。



彼のご両親には「大阪から来てくれて本当にありがとう」と何度も言ってもらえた。急におしかけてすみません、としか言えなかったけど、喜んでもらえたと思っていいのかな。今となっても実はそっとしておいてほしいのに押しかけて迷惑だったのかと不安に思うこともある。たぶん一生わかんないと思う。でも自分は会いに行けてよかった。仕事はもちろん大事だけど、家族や友人の方がもっと大切だと確信した。冠婚葬祭も結婚式は欠席することが多々あるけど、葬式は絶対に行くべきだと最後に会えたことで思った。

会いたくても会えない人もいるのに、会えるチャンスがあるなら会わないと二度と会えないかもしれないんだから。

0 件のコメント:

コメントを投稿